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考える部屋

一緒に「死」について考えてみましょう。

たくさん悩んだ末に「死ぬこと」について真剣に考えている方に対して、簡単に「死んではいけない」とは言えません。でも、簡単に「死にたければどうぞ」とも言えません。だからもう一度一緒に考えてみましょう…という部屋です。

当ページ内のメニュー
死のうと思う原因と心の状態
死ぬことについての様々な考え方
心の問題以外で解決できること
死にたいと思って来て下さった方へ

1.死のうと思う原因と心の状態

ようこそ

死ぬかどうか考えておられていてこのサイトに来て頂いた方がいらっしゃるとすれば、とても嬉しく思います。
何故ならそうでなくして実際に死んでしまわれたら「せめてうちのサイトを見てからにして欲しかったな…」と思うからです。
冒頭にもありますように、死ぬことの是非は簡単に唱えることではないと考えます。
これは後の項目に出てきますが「絶対いけない」「本人の自由」など様々な考え方があります。
「このサイトの考え方」としては基本的に「ケースバイケース」です。どういう場合がOKでどうならNGか…それも一言では語れません。
それからもう一つ「他の人の考え方を否定するつもりもない」という考え方も持っています。人それぞれの「生き方の違いは死に方の違い」でもあるのではないかと思うからです。

統計

平成18年中における自殺の概要資料(警察庁)

統計の検証

わかることとわからないことがあると思います。
年齢が高い人が健康問題を理由に自殺している数が多いということがわかりますが、年齢比率は元々高年齢が高いわけで、それに対してがわかりにくいこと。
60歳以上が一まとめなので、今はまだ60歳で現役ばりばりの人など大勢いるわけで、判断できる材料にもならないということ。
原因については「遺書なし」の比率が高いので、これも判断できないということ。
比率についてはもう少しわかるように年齢別の全人口比率と照らし合わせてみたのですが、それによりますと…
19歳以下は約1900万人に対して約600人/年の自殺者で、1900万人というのは全年齢の24%くらいなのですが600人という数字は全自殺者の2%くらいしかないわけで、全体の比率に対するさらにその対比でいうと10%くらいの数値(もし同じ割合なら100%ということ)になります。同じく20代が約100%、30代も100%、40代から増えまして120%、50代が一番高く150%、60以上が130%となりました。
つまり絶対数は高年齢者が多いですけど、割合でいうと50代前後が最も多いということです。
ちなみに、こういう分析は社会全体の問題を取り上げる際には必要ですが、個人の問題解決にはあまり関係ないのではないかと思います。でも「自分を社会の一人として」客観視する一つの尺度にはなるかと考えて一応取り上げました。

原因の細分化

「健康上の理由」と一口に言ってもいろいろなことが考えられます。病名まで挙げればきりがありませんが、各項目もう少し細かく、考えられるものを思いつくままに出してみます。

「健康」不治の病、病気や怪我の痛みや苦しさ、家族や周りの人への迷惑、病気や怪我で好きなことやすべきことができない、体に欠陥があるコンプレックス、精神病や神経症など、
「仕事」会社に損失を与えた、貢献できない、他の社員に迷惑をかけた、存在感が薄い、嫌いな人苦手な人がいるが辞めて行く先もない、失業、減給、左遷、転勤の連続、過労、不規則勤務、向かない職種、人間関係、つまらない、
「家庭」夫婦の性格による問題、夫婦のお金の問題(借金や散在など)、浮気の問題、趣味や遊びの問題、子供の教育、子供の性格、子供との関係、親の性格による問題、介護や看病の問題、嫁と姑の問題、生活スタイルの問題、お金の問題(相続や財産管理など)、
「学校」いじめ、進学、勉強の遅れ、部活、
「社会」先行き不安、事件や事故のニュース、戦争、抗議、
「その他」大事な人の死、何となく、心中、犯罪を犯した、失恋、借金、

こんなにあるのか…という感じです。他にもまだあるでしょうし。
人間が造ったシステムがその人間を追い込んでいく…。悲しいですけど世の中こういうことばかりのような気もします。

原因を大きく分けると

細分化したものを戻すのではなくて、根本的な問題の種類で分けてみると大半が「心の問題」であることがわかります。気力が勝っている時なら…楽しいことでもあれば…というような、精神の状態が良好あるいは強ければ、乗り越えたりかわしたりすることもできたかもしれない問題がたくさんあるということです。
そうでないものでは何があるかといえば「戦争」(特攻隊的なもので戦争に対する不安は別)「抗議」(心というよりも思想のことによるものが大きい場合)くらいで、それ以外は心そのものが原因ではないまでも、心のあり方次第では死ななくてもすんだかもしれないというものばかりです。

死にたいと思う時のこころの状態

これもいろいろなことがあると思いますが、まず「孤独感」は原因の種類に関わらず辛い気持ちに拍車をかけると思います。どんなに辛くても、同じ苦しみを共有している人が周りにたくさんいれば「励ましあい」「助け合い」ながら生きていくことができることもあるのではないでしょうか。

それから、時にはこれが「要因」にもなると思いますが「原因が発生するまでの心の基盤」がどうかということで、つまり何か起きた時にそれに対応できるだけの心の強さを持っているかということです。
といっても必ずしも「強い精神力をそれまでに培ってきたか」ということでなく、例え特定の事象に対してでも「心のウィークポイント」ができてしまっていることがあるということです。
例えば極端なことでいえば「対人恐怖症」であったり「トラウマ」であったり、ある状況に直面すると心のコントロールがきかなくなったりする方がおられます。
元々の原因は、子供の頃の出来事や環境によるものから、大人になってからのもの(例えば私、管理人はアメリカの9.11同時多発テロ以降、飛行機が落ちる夢をかなりたくさん見て、飛行機に乗ると気分が悪くなるようになった)もあるでしょう。

「先天的」に、つまり遺伝的に親から引き継いだ「性格」もあります。
元々「社会一般的な見方からすると」精神的に弱かった、ということであったり、逆に「攻撃的」であったのが、いつか反動でそれがマイナスに働くということもあるでしょう。

というようにベースとなる「心の状態」は、その人の持つ様々な「心的基盤」により「悪い方向に」変化することがあるということが言えます。

まとめると

自殺の原因にはいろいろな種類のものがあって、それはその人が元々持っていた、あるいは時間をかけて作り上げた心のあり方によって、死にたくなるほど辛い気持ちになる引き金になることがあるということではないかと思います。
それは今更言うことではないかもしれませんが「本質」は皆同じ(要因と心の基盤)ではないかということです。

2.死ぬことについての様々な考え方

是非

問題を「原因について」も「心の基盤について」も解決できないとして、その時点で死を選択することがどうか、という話です。

何が何でもいけないという考え方

人によって考え方が違うのは当然として、宗教的な「教え」で「いけない」とするものはたくさんあります。というかカルトないわば特殊の部類に入る宗教は別として、ほとんどの宗教では自殺を「いけないもの」としています。
ただ各宗教の「教えは」他の様々なテーマ同様、歴史的に「いろいろな解釈」をされています。ですから個人レベルでの信仰者によっては「いけなくはない」あるいは「場合によっては仕方ない」と言う人もいます。(
リンクページにいくつか関係リンクを貼っています)
否定的な考えの基本は「信仰を(あるいは向上心、神を、周りの者をなど)捨てることだから」というもので、自殺をしたら「天国に行けない、苦しみ続ける」というところまで触れている人もいます。
それから「カルト」までなくても、例えば「ユダヤ教」など「殉教」は許されるという考え方があります。
これは解釈によっては恐ろしいことで極端な例として「自爆テロ」に繋がります。

他の人のためにいけないという考え方

まずは家族や親戚知人など、その人を知っている人が悲しみ、または苦しむことになるから、そんなことはいけないという考え方があります。
それから、自殺の方法にもよりますが、「他の人を巻き込んだり」「後始末が大変だったり」「多くの人を動員させたり」「関係人が恨まれたり」という要は迷惑をかけるからいけないという考え方もあります。

本人のためにいけないという考え方

先述の宗教的な部分は別にして、生きていればいつかいいことはある、死んだら取り返しがつかない、「あせらずのんびり生きようよ」という考え方があります。
同じように、問題を解決する方法はいろいろある、もっと楽しく生きる方法はある、というように「もっと積極的に頑張れよ」という考え方もあります。

本人の自由だという考え方

いいか悪いかを人がとやかく言うべきでないという考え方があります。関係者が止めようとするのはともかく、関係ない人がどうこう言うのはおかしい、ということです。
もっと思想的に、生きる自由があれば死ぬ自由があってもいいだろうという考え方もあります。
人はみなお互いに助け合い、傷つけあい生きているのだから、悲しませることを気にすることはないという考え方もあります。

死ぬべきだという考え方

確かに2ちゃんねるなど見たりすると、頻繁にこういう考えやコメントが出てきます。
ただ、ほとんどの場合それは「表面的」なものであり、攻撃的な表現の一つとして使われているだけのように思えます。
なので「積極的に」死ぬことに賛同するという考え方はありそうでないもの、と考えます。
まともでない神経の人の考えも考えには違いないと言われれば「ある」と言えますし「まともって何?」と聞かれれば答えられませんが、少なくとも当サイトとしては「そういう考え方」はいい悪いの以前に「存在しない」と考えています。

3.心の問題以外で解決できること

可能性の追求

心の問題については解決するのにそれなりの時間や力が必要だと思いますが、それ以外の解決手段の検証については、さほど難しいことではないと思います。
勿論「解決できる」というものではなく、「やれるところまでやる」ということであり、結果「解決」か「未解決」になるわけですが、あきらめる前に追求してみることが重要です。

追求の仕方

今の情報社会において「方法」を調べる手段はたくさんあります。
WEB・新聞・テレビ・書籍・電話相談・公共施設・民間相談機関など、いろいろな手段がありますので、自分に合った方法を選ぶことができます。

適切な選択

いろいろ選択ができるということは「適した」情報をいかに取得できるかが重要です。
例えば、積極的に人に話を聞くことができる人が、官民に関わらず相談機関を訪ねたとしましょう。親切に応対してもらって何かしらアドバイスを受けたとして、それがそのまま解決につながれば勿論いいわけですが、期待以上のものが得られなかった場合、専門家に聞いたのだから、とあきらめてしまいがちです。
ところが相談員もまだ知識が浅かったり、偏った考え方だったり、立場的に言えることが限られていたりします。ということはまだ他に考え方や方法があるかもしれないということです。
また書籍などは詳しく書かれている反面情報が古いこともよくあります。
WEBページなども調べてみると更新されたのが何年も前だったということもあります。
ですからとても大事なことは「いくつもの情報を集めて自分なりに整理して納得いくまで調べる」ということです。
そうはいっても時間がないという方も多いでしょう。インターネットについては普及しているとはいえまだ日常的には利用していない人も多いと思いますが、少なくとも今これをご覧になっている方は利用できる環境にあるということです。
WEBサイトは数限りなくあります。ネットサーフィンをするだけでも、十分いろいろな情報を集められるでしょう。

WEBサイト閲覧の注意点

言うまでもないことですが「いいサイトも悪いサイトもある」ということで、できの良し悪しだけでなく、そもそも悪意あるサイトもあるので、そういうサイトに惑わされないようにすることが必要です。
またサイトそのものに悪意がなくても、そこにある「掲示板」(BBSともいいます)などの発言は、書き込んだ人個人レベルの情報なので、中には正確性に欠けるものやその人の考えが含まれているものもあります。
特に「2ちゃんねる」などはかなり「激しい」ので慣れていない方はカキコまない方がいいでしょう。下手をすると精神的ダメージを負うことになります。ロムっている(何も発言せず見ている)だけでも嫌な気持ちになることがあります。
そうはいっても、厳しい管理の下きちんとしたルールで運営されている掲示板は、ためになる情報(当事者や専門家などによる)もあるので決して侮れません。
それから「専門サイト」はまず、よくそのサイトの性質を見極めましょう。
その人(団体)が何のために開設しているサイトなのか、どういう考えを持っているのかということです。
よくよく調べてみたら結局何かの販売が最終目的であったり、怪しげな宗教の勧誘であったりということも珍しくありません。
ただ、広告のバナー(そのサイト以外の広告である様々な大きさの四角いスペース)がいくつもあるからだめだ、と一概に言えるものでもありません。どのサイト管理者も生産性を確保して運営することは大変で、いろいろと収入の術を試みているのは当たり前だからです。(だからといってそのバナー広告のリンク先が信用できるかはまた別問題ですが)
「メンタル」に関する専門サイトもいろいろありますが、これも人によって合う合わない、ためになるならないは当然あります。心に関することなら当サイトでないにしても「カウンセリング」が最適だと思います。

各項目ごとの専門サイト

例えば「お金に関すること」とか「法律に関すること」とかいろいろ「お勧めリンク先」を載せてもいいのですが、とても深刻な状況でいらっしゃる方が多いと思われるので、簡単に紹介することには抵抗があります。でもお問い合わせ下されば可能な範囲で情報の提供は致します。
勿論ご自分でお調べになるか、カウンセリングを通じて適切な相談先を知って頂いてもいいと思います。

死にたいと思って来て下さった方へ

メッセージ

「死にたい」と思う気持ちは人間の持つ心の変化の姿として「自然な」表情の一つです。
それは「生きたい」と思う気持ちと何ら変わらないものです。
ですからまず、そう思う気持ちが「おかしい」ことではないということを知って下さい。
そして、最終的に「死」を選択するかどうかの結論を出す前に、「あなた」を私たちに教えて下さいませんか?
「あなた」とは?
あなたの今までの人生、あなたの考え、あなたの言葉です。
それは私たちにとってもあなたにとっても意味のあることなのです。
私たちとあなたは「対等」です。
その言葉の持つ意味をわかって下さる方は
旅の始まりの部屋からご連絡下さい。
無理やり説得したり、嫌な思いをさせることはありませんからご安心下さい。お待ちしております。


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